「アートは自己表現」もしくは「アートは問題提起、デザインは問題解決」といった一般的理解がありますが、アートという言葉の使用は非常に多重的です。

例えば、 ・Art & Science:Artは人文学全般、Scienceは科学 ・Liberal Arts:自由に生きる為の7科 ・Martial Arts:攻撃・防御を行う技術 といったアートの意味が今も用いられます。

現代を生きる人達には、アートとテクノロジーは其々「人間↔︎機械」のような異なるイメージに聞こえるかもしれませんが、アート(ラテン語のArs)はテクノロジー(古代ギリシアのtekhne)に由来すると言われています。

この様なアートの多重性とテクノロジーとの親和性を前提として、アートを西洋的な美術に限定せず、例えば”食”、”大学”、”京都の文化財”、”ヒップホップ”、”洗濯”のような、様々な生活技術や技術的対象を射程に捉え直します。オルタナティヴ・アート専攻では、参加すると共に、一般的なアートの理解とは異なるイメージを概念化し、その知識と経験を皆さん各々の専攻領域と関連づけていくことを目指します。


担当教員インタビュー

――副専攻名のオルタナティヴ・アートとその目的について教えてください。

石井:オルタナティヴを直訳すると「代わりの」「代替えの」という意味になります。カルチャーや音楽の世界では、主流でないもの、主流とは違ったアプローチをするものなどを「オルタナティヴ~」と呼んだりすることがあります。また、オルタナティヴには語源的に「あるものを変化させる」や「ふたつのうちのひとつ、またはもうひとつを提供する」という意味合いがあります。例えば、対象となるAがある時、AではないBに変化させる、もしくはAでもBでもない何かを提供する、ということです。

この大学では、学生と接するなかで感じるのは、アート=美術とイメージされることが多いということです。ファインアートの領域がアートと思われている。でも、本来もっと広義にいろいろなものが芸術になりえるとも思います。美学的な価値観がベースになっている芸術を揺らす、それ以外の芸術の可能性を学生と考えていきたいと考えています。 増渕:2020年代の藝術立国でしょうか。本学の理念として打ち立てられてから何十年も経って、社会が大きく変貌を遂げた今、改めて藝術立国とは何かをこの副専攻の学びを通してみなさんに考えてもらうことを狙いとしています。

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――この副専攻で得られる学びは何でしょう? 増渕:一つは私の専門の考古学的視点。もう存在しない人たちの暮らしをモノから復元していく観点をアートに取り入れたときに、どんな展開が生まれるのか未知数です。それを我々教員が教えるというよりは、我々は刺激を与えて、学生のみなさんがどんなフィードバックをくれるのか観察する。学生と教員の対話のなかで最終的に新しい方法や考えを見つけられればと考えています。 石井:授業では制作物を作るより先に、リサーチをすることや概念をつくることを学生のみなさんとやりたいと思っています。 増渕:総合演習の最終的な制作物はなんでもいいんです。他の主専攻では許されていない表現方法でも自由。私は何かの目的のために活かされる自由な芸術表現というイメージでオルタナティヴを捉えています。だから誰かが決めた既成概念に縛られるのではなく、それこそヒップホップのように、本来の使い方とは真逆のことをやっても成立するものが生まれるので、臆せずやってみて欲しいと思っています。この専攻での学びは、そうやって垣根を跳び越えて、ファインアートだとかノットファインアートだとか関係ない無重力状態に飛び立つための起爆剤になるはずです。

                              芸術教養センター 石井大介 専任講師

                          芸術教養センター 石井大介 専任講師

                                   歴史遺産学科 増渕麻里耶 教授 

                               歴史遺産学科 増渕麻里耶 教授 

――増渕先生は考古学が専門ですね。考古学で発掘した土器や遺跡をアートとして捉える営みは今まで行われているのでしょうか?

増渕:あります。しかしその前に誤解を解いておくと、考古学者が第一に見ているのは人の生き様です。『インディー・ジョーンズ』などの影響でアドベンチャーやお宝などのモノばかりが取り上げられますが、考古学の興味対象は本来モノ自体ではなく、その背後の消えてしまった人間です。考古学者は、社会の盛衰はもとより、人間がどんな悩みを持ち何を食べていたかという暮らしや、どんな形で命を失いどう弔われたかなどを見ています。そこまで考えると、人がいなければアートも生まれないとわかりますよね。モノは英語でアーティファクトですが、考古学はそのアーティファクトから人間を感じて、想像し、そして証明する営みです。その意味で考古学はアートと深くつながっています。

――予定されている授業ではヒップホップが取り上げられると聞きました。

石井:ヒップホップは西洋美術の視点では芸術としてあまり取り上げられません。大学内でもグラフィティ単体であればラメルジーやバンクシーがいるものの、音楽やダンスを自分達の関わる芸術として捉えない傾向があります。ヒップホップは様々なものが重なるアートフォームで、レコードプレイヤーを手で止め、二台で別の音を鳴らすなど通常とは異なる使用方法をするわけです。ダンスも今はオリンピック競技ですが、昔はギャングが平和的に抗争を解決するための手段でした。ウォールアートは紙のカンバスを買うお金がないので伝達手段としてそこに文字を書くとか、靴を吊すとか。全然「美」じゃないですよね。ストリートで生き抜いていくための処世術、生活技術がフォームへと変質して、今これだけ影響力を持っています。そういう意味で、ヒップホップは「美」ではない視点からアートを捉えるひとつの例だと思います。

――どんな学生に来てほしいですか? 石井:自分の「生」と関わっていることを大事にしたい。美しいだけではない、生の技術というアートの側面を問いたいです。だから逆に僕たち教員が立ち入れない部分もあると思います。僕たちがテーマを決めるわけではないし、みなさんそれぞれが大事にしたいことや考えてみたいことをこの副専攻で一緒にみつけていけたらいいな。 増渕:社会に興味ある人。悩みを抱えた時に、自分だけの問題にするのではなく、周りには人がいて、人が集まれば集団ができて、社会があって、その全体像を捉えてから自分の問題にアプローチします。そういう思考回路を持ってもらいたいですね。そうすれば視野とともに制作の幅も広げられるし、結果、全然違う興味分野に飛んでしまうかもしれないけれど、その飛躍のきっかけになるのが社会という外界へ目をむけることだと思います。問題が山積みの社会だから、それを知ったうえで、自分はどう生きるか、どう表現をするのかに自信と根拠を持って立ち向かいたい人に興味を持ってほしい。初めに言った通り2020年代の藝術立国、現状を打破するためにアートが役に立てる手法を一緒に考えていきたいです。                           聞き手・前田 翔吾(文芸表現学科3年)、写真・森田韻生(クロステックデザインコース3年)

担当教員プロフィール

教員名 所属 専門 プロフィール
石井大介 芸術教養センター デザイン理論、芸術史 大学在籍中にアパレルブランドの立ち上げに参加。卒業後渡米し、Parsons School of Designに於いてデザインを学ぶ。ニューヨークの制作会社で映像・グラフィックの制作に携わり、帰国後、デザイン関連の教育機関にて開発業務に従事。その後独立し、ファッション、インテリア、ICT関連の企業などでデザインコンサルティングに携わっている。昭和女子大学環境デザイン学部常勤教員を経て現職。
増渕 麻里耶 歴史遺産学科 文化財科学、考古科学(冶金考古学)、文化遺産保護国際協力 専門は文化財科学。古代トルコの鉄製品に関する技術史研究のほか、西アジアや東南アジアの文化遺産保護事業に従事してきた。近年は近現代の美術工芸品に対して、材料技術史的観点から調査研究を行っている。